「バリュー投資」と言うと、日本ではPERやPBRの低さを探す作業だと思われがちだ。しかし、25年で運用資産を93倍にしたとされる日本の運用者、清原達郎氏の手法は、そこから一歩踏み込んでいる。
見ているのは「株価が安いか」ではなく「会社を丸ごと買ったら、いくら現金が返ってくるか」である。
本稿では、清原氏が著書『わが投資術 市場は誰に微笑むか』(講談社、2024年)で公開した考え方を、モート先生のデータで実際に確かめられる形に翻訳する。
野村證券などを経て、1998年からタワー投資顧問で基幹ファンドの運用を担当した運用者である。高額納税者公示制度(いわゆる長者番付)が廃止される直前の2004年分で、全国トップに名を連ねたことで知られる。
2024年に出版した『わが投資術』は、運用者本人が手法を具体的に開示した本として異例のベストセラーとなった。特徴は、再現可能な計算式まで書いてしまっていることにある。
清原氏が中心に据えるのが、独自に定義したネットキャッシュ比率だ。
ネットキャッシュ = 流動資産 + 投資有価証券 × 70% − 負債
ネットキャッシュ比率 = ネットキャッシュ ÷ 時価総額
一般的なネットキャッシュ(現預金 − 有利子負債)と違う点が2つある。
1つ目は、流動資産を丸ごと入れていること。 現預金だけでなく、売掛金や在庫も「いずれ現金になるもの」として数える。かわりに負債は全額引く。保守的に見えて、実は事業の運転資本まで含めた「解散価値に近い数字」を出しにいっている。
2つ目は、投資有価証券を70%で評価していること。 持ち合い株などを売れば税金がかかる。額面どおりには手元に残らないから、3割引いておく。この一手間が、机上の計算と実際に回収できる金額の差を埋める。
ネットキャッシュ比率が1を超えるとは、時価総額よりも手元の正味現金のほうが多いという状態だ。極端に言えば、会社を全部買い取ると、買収代金より多い現金が金庫から出てくる。事業がタダで付いてくる計算になる。
もちろん現実には、経営陣が現金を放出しないから、その状態が放置される。ここが重要な論点で、割安であること自体は、株価が上がる理由にはならない。
清原氏がこの指標を使うのは「安い会社を見つけるため」であると同時に、「間違えても大きく損をしにくい下限」を確保するためでもある。グレアムの安全域(Margin of Safety)を、日本の中小型株向けに実装し直したものだと理解すると腹落ちしやすい。
清原氏の投資対象は割安小型株が中心である。理由は単純で、大型株は多くの人が見ているから歪みが残りにくい。
アナリストが1人も担当していない時価総額100億円の会社と、30人が担当するトヨタとでは、価格が間違っている確率が違う。運用資産が大きくなりすぎると小型株を買えなくなるが、逆に言えば、資金量の小さい個人にとっては構造的に有利な領域でもある。
再現しやすい指標だからこそ、弱点も明確だ。
現金が多いだけの会社は、たいてい理由があって安い。 成長が止まっている、経営陣が資本効率に無関心、大株主が動かない、といった事情である。ネットキャッシュ比率だけで買うと、10年動かない株を持ち続けることになりかねない。
バリュートラップを避けるには、現金が株主に還る道筋が要る。 増配・自社株買いの実績、株主構成の変化、東証によるPBR1倍割れ企業への改善要請、アクティビストの参入。こうした「触媒」があるかどうかで、同じ割安株でも結果は大きく変わる。
清原氏自身も、割安であることに加えて業績が伸びていることを条件に挙げている。「安い」だけでなく「良くなっている」を重ねるところが要点だ。
この考え方は、当サイトのスクリーニングでそのまま試せる。
ネットキャッシュ比率に下限を設定し、さらに5年平均ROEや営業利益率で「稼ぐ力があるか」を重ねる。そのうえで、有価証券報告書から抽出した定性条件——価格決定力や参入障壁——を加えると、「現金は厚いが事業は弱い会社」を外せる。
数字だけで拾った候補に、事業の質という物差しを当てる。これが清原氏の手法を今の環境で使うときの、現実的なやり方だと考えている。
清原達郎氏の手法は、「安さ」を株価ではなく現金で測り、下限を確保したうえで、成長している会社に絞るというものだ。
指標自体は誰でも計算できる。差がつくのは、その先で「なぜ安いのか」を調べ、現金が株主に還る道筋があるかを見極める部分である。計算式は出発点にすぎない。